「重い!!」

両手に抱えきれない程の荷物を携え、誰にともなく愚痴た。
「大体か弱い女の子にこんなに買い物頼むかなぁ普通。」
…誰がか弱いって?
もしこの場に誰かしら居たとしたらそんな答えが返ってくるだろうと想像する自分が何だか哀れで。
思わず目を瞑ってため息をついた。でも幸いと言うべきか、そんな軽口を叩いてくるような人物が周りにいないので良しとする。
愚痴を言ったところで、このまるで石でも入ってるのかと思うくらい段々と重みを増していく荷物達が軽くなるわけでもない。
「あーそれにしても暑いな……。」
雲一つない空に、ぽつんと太陽。太陽は嫌いじゃないが、この状況だと少し鬱陶しい。
これでもかとその存在をギラギラと主張するそれに思わず目を細める。
眩しい。
手を翳して少しでも光を遮りたいが、生憎と両手は塞がっている。
遮るものがないかと周りをちらちら見回すが、こういうときに限ってそれらしき日陰は見あたらない。
「きっと神様が寄り道せずに早く帰りなさいと仰っている……。」
決して神がどうのと信仰心に厚い人間ではないが、
こう気が滅入っているときは何か神とか形のないものにすがりたくなるのが人間ってもんだ、と昔誰かが言ってた気がする。
だけどそんなお告げがあったとしても今のにはくそくらえである。
日陰があったら今すぐにでも休憩したくてしょうがない。再びオアシスを求めて視界を巡らせると
「あ。」
とある一点に意識を奪われ、いつの間にか立ち止まっていた。












programma2-2 cambiamento - 急変 -













「お、今日は珍しいな、一人かい?」
馴染みの店で、馴染みの店員に声をかけられる。これも馴染みの恒例行事だ。
厨房で働くようになってから2年、大まかな仕入れは流石に業者に頼んでいるが細々としたものの買い出しは
爆弾料理の腕前のおかげでの担当になっていた。おかげでこうしてすっかり町にも馴染んでいたりするのだが。
この店員もその親しくなった人物の一人だ。
いつも通り、流石港町の男というだけあるその威勢の良い体格にぴったりな、威勢の良い挨拶で歓迎を受けた。
「一人?」
「おう、いつもは彼氏と一緒に来るだろ?」
「はあ?!!かかかか?!!!」
「なんだい照れちゃって!いやぁ若いっていいねぇ!!!」
「ちち違いますって!勘違いですよもう!そんなんじゃないですってば!!」
脳裏に浮かんだのは、赤いハチマキのその人である。確かによく買い物に付き合ってもらうが、
まさかそのような誤解をされていたなんて、赤面ものである。
突拍子のない発言に顔を真っ赤にして慌てて否定するも
流石海の男、全く聞く耳をもたず。
「いやなんだ俺も昔はなそんな初な頃があったなぁ…。実は母ちゃんには内緒なんだけどよ…」
「だから違うっつーーの!!」
ついでに始まった昔話も、そんな頬染めて話されても困るしなによりも興味がない。慌てて話を反らすためにここに来た用件を振る。
「お、おっちゃん!いつもの!いつものやつ頂戴!!」
「あ、ああそうだった!いつものな!よし、今日は一人でお使いなんて偉いからおまけしてやる!これも持ってけ!」
「え?!やったーありがとー!!」
なんだわかってんじゃん…て言うか、子供扱いですか!嬉しいけどさ。おっちゃんの中の私は一体いくつですか。
内心複雑ではあるがも貰えるものはもらっとけ。と都合のいいことを考えて逃避を試みたのだった。









「これがまずかったか……。」
昔からタダという言葉に弱かった。
反省と共に頭にちらつくのは、「タダより高いものはない。」である。人間欲をかくと痛い目をみるのだ。
当初の予定を大幅に許容量を超えた重みを今現在実感しながらとぼとぼと歩く爪先が向かうのは騎士団領ではなかった。
痺れて感覚がおかしくなって限界の近い腕のことを考えないように、
さっきまでの買い物の出来事なんかを思いだしながら歩いて、そもそも一人で運べる量じゃなかったんだ、と思って。
目的の場所に着いて立ち止まると真っ先に荷物を横に投げ出した。そのままごろりと横になる。
日光に熱されて熱くなっていたけどそんな事は気にしない。
「何だかんだ言っていつもが付いてきてくれてたんだなぁ。」
それが当たり前の事のなっていて、おっちゃんに言われるまで気付かなかった。
今日のだって、いつもとかわらない量だった筈だ。
いつもはが持ってくれたから。
さりげないところで紳士だったんだなぁ、
と少し彼を見直していつの間にか隣にいるのが当たり前に思っていた自分を少し恥じた。
「私が初めて流れ着いた場所…か。」
あれから2年が経つ。
もちろんその間ここに来たことがなかったわけではない。何度か手がかりがないか足を運んだことがある。
だけどこうやってなんとなくふらりと来たのは初めてかもしれない。
記憶がなくなっても常に何かに忙しくて、毎日があっという間に過ぎて言った。
それはきっとやタル達のおかげなんだろう、と今更ながらに思って、心の中でこっそり感謝する。
本当に、記憶がないからと悩む暇すらないくらい駆け足の2年間。
無くなった記憶の穴を埋めるかのように、その2年間に色々変化があった。
自分と同じくらいの背丈だったが今では見上げなくてはならなくなったし、
自身だって、最初こそおどおどしていたが、今では沢山の友人も出来た。
料理だってそれこそ初めは見れたもんじゃなかったけど少しは上手になったと思う。少しは。
だけど、一番の変化は
今、自分がこうして一人でいる理由。
彼らは正式に騎士団員になる。今まさに卒業演習の真っ最中だが、
無事に成功して帰ってくることを短いつき合いながらも確信していた。
「騎士団、か」
彼らは目指していたものをようやく掴むんだ。
いつの間にか大きくなっていた彼ら。さっきの買い物のときにも、卒業演習の最中だと告げると
「そうかいあのも立派になったねぇ。」
なんて返答が返ってきたりして自身否応無しにも思い知らされたのだ。
もう出会ったときの彼らではないことを。
正式に騎士団員になれば、前みたいに会える機会も格段に減るだろうし
これからはこうして一人で買い物に出なければならないだろう。

成長してどんどん前へ進んでいく彼ら。
大きくなっていく彼らの背中を見上げる自分。
そう、自分だけは何も変わってないのだ。
相変わらず自分自身のことだって何もわからない。
姿格好の変化も無いどころか、なによりも内面が変わっていないのが問題なのだ。
何も成長しない自分。正直彼らがこの太陽のように眩しいときさえあって。

すっかり置いてかれちゃったな、寂しいな、なんて
「は、ははは……」
乾いた微笑が零れる。
違う、置いてかれたのではない。
だって、そもそも元から同じスタートラインに立っていないのだから。
比べること自体が誤りである。
私はここでは異質な存在で、
今までは皆の優しさに甘えていたけど、
もう今のままではいられないことに気づけないほど、鈍感ではなかった。

「そろそろ潮時、かなぁ」

達が騎士団員になるのを見届けてからここを出よう。
これ以上離れられなくなる前に。
またに「あてがあるの?」と問いつめられるかもしれないけど。
その場面を容易に想像してしまって可笑しくて笑みが零れたがすぐに引っ込んだ。
怖い、かもしれない。
変化がないことを恐れると同時に変化を恐れる、矛盾した感情。
相対する気持ちに板挟みでいるうちは、ただの臆病者のまま。
海の向こうの彼らがもっと遠くへ行ってしまうのを、ただじっと眺めるだけの。
記憶がない可哀相な娘に甘んじているだけの、ただの抜け殻。


自分から動かないとこのまま何も変わらないだろう。

ゆっくりと目を閉じる。波の音と潮の香りが心地良かった。

私は離れてもこの島が大好き。

ずっと。忘れたくない、と思った。











「うわーーやっば!!!寝過ごした!!お、怒られる!!!!達帰ってきちゃうじゃん!!」
夕暮れ時、重い荷物を抱えて必死の形相で走る少女が目撃されたとか。
「せっかく私の豪華手作り料理で労おうと思ったのに……」
叱られ&計画を達成出来ずに落ち込む少女を満面の笑顔で慰める達が目撃されたとか。






                                                          2006.05.02
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